編入生の体験記



広島大学理学部数学科で学んだ感想

上野 絵理

 (2003年4月 広島大学理学部数学科3年次編入
  2005年4月大阪大学理学研究科数学専攻進学)

はじめに
 私は国立明石工業高等専門学校都市システム工学科(昔は土木工学科ですが、真新しいイメージにしたいがゆえかこの名称に改名し、名前につられて女性の応募が増えたようです。私もその一人でしょう)に5年間在籍して卒業した後、広島大学理学部数学科3年次に編入学しました。それから2年間在籍して卒業した後、大阪大学大学院理学研究科数学専攻に入学して現在に至ります。今、広島で学んだ2年間をふりかえってみると、この時期が私にとって、とても貴重な財産になったことを痛感します。

入学直後について
 数学の予備知識もなく、数学的思考も養われていなかった私は、入学当初は周囲との学力の差に大きな不安を感じていました。 というのも、まず講義に関していえば、高専の数学の延長上の内容かと勝手な勘違いをしていたものですから、つかみどころのない抽象的な内容に意味不明状態に陥り、黒板で書かれている数学用語が全く分からず意味もなくノートを取るだけで、初日から激しく落ち込んだものです。
 初めての数学演習にもたじろぐばかりでした。演習の授業形式には大きく2通りがあり、配られた演習プリントを解けた人から黒板に書いて発表する形式と、配られた演習プリントを時間内で、できるだけ解いて提出する形式とがあります。前者の形式を最初受けた時は、配られてから次々とみんなが黒板に書いていくので、自分が問題を解くことすらできませんでした(それ以前に解けませんでした)。後者の形式の方では、2年次の復習に関する演習問題が出ましたが、復習どころか知らない単語ばかりだったゆえ、質問の意味すら分からずほぼ白紙状態で出したこともありました。
 人間関係でも、数学科3年次にいきなり編入したのでみんなの輪に入っていくのが難しかったです。まず、最初に自己紹介をする場が設けられませんでしたし、編入生は2年次の必修講義もとらなければいけなかったので毎回同じ3年生の人達と講義を共にするわけではありません。講義を受講している人達も一回ごとの講義が終わればさっさと次の講義の場所へ移動していくので、それはそれは微妙な人間関係でした。

 しかし、ここで終わりではありませんでした。慣れない新しい環境で色々とストレスを感じ、人間関係を築いていくのも大変かもしれませんが、自然と住みよい環境に変化しているものです。卒業するまでにきっとみなさんにも”数学の世界”に自分が触れたということを喜びに思える日が来ると思います。また、広島大学に行ってよかったと卒業時に感慨にふけれる日が来ると思います。当初はこのような感じでしたが、その後をふりかえってみます。

入学してからのバックアップ体制について
 講義中に分からなかった所は、講義が終了した後の休憩時間に質問を受け付けてくれます。それ以外の質問も各教官室で随時受け付けてくれます。広島大学の教官方は親切で、面倒見が良く、とても丁寧に指導をしてくれます。教官は忙しい方が多く、つまらない質問をしに行ってよいのかと緊張するかもしれませんが、ある程度考えたり調べたりした上では、聞かないと前に進まないことが多いと思います。教官側からしても、分からない所で止まってしまうより深く理解してもらえるように講義を行っているので、質問を歓迎してくれる方もいるでしょう。私は、ある講義では教科書の途中から始まったことから分からないことが多く、質問をしに行った時は教科書の最初に戻って丁寧に解説していただいたこともありました。そのうち、数学用語にも慣れてきて、講義内容の意味も分かるようになりました。
 演習でとまどった時には、演習担当の教官が学力不足を大きくサポートしてくださいました。解かれていない問題については、問題の意味から詳しく解説がありますし、提出後や、発表後でも分からない問題については解法も教えてくれます。教官のアドバイスやヒントなどから、演習の問題も解けるようになり、次第に自力で問題に取り掛かることができるようになりました。黒板に書いて発表することも最初は何を説明したらよいのかわからず、「書いてある通りです。」的なことしかいえませんでしたが、重要な部分や引用する定理などを強調しながら話すようになりました。数学に限らず、人前でみんなに分かりやすいように何かを伝えようと訓練することは大変重要なことです。いずれ社会に出た時にでも通用する自分の強みにもなります。
 以上から、3年次に編入しても、少し経てば編入生としての不安もかき消されることがわかると思います。さらに、編入生は講義とは別に教養ゼミという名目で、チューター(学年別に担当する教官)が時間をつくってくれます。その時に、講義中に聞けなかった疑問点や本を読んで分からなかった所などの質問に答えてくれたり、不足している部分(習っていない所など)を講義などをして補ってくれますので入学後のサポートは万全でしょう。また、要望も聞き入れてくれます。例えば、ゼミの曜日や回数なども話し合いで決まるので学年毎に違います。認定される単位等も前の学校のシラバスをみながら決めるので若干違いがあるようでした。

人間関係について
 入学してすぐに、新1年生と一緒に歓迎会やバレーや遠足やオリエンテーションキャンプなどが企画されています。自由参加ですが、これらに参加すると、新1年生とも仲良くなれますし、2、3年生も参加したりしますので、これから一緒に講義を受講する人とも仲良くなれます。先程いったように、途中から入学なので3年次同士で自己紹介がありません。ここで、自己紹介をする機会ができます。また、参加しなかったとしても、講義が終った後の休憩中などに周りに話しかけても気さくにみなさん返してくれますので、自ら積極的に話しかければ仲良くなれることだと思います。
 編入生には縦と横のつながりができます。まず、縦のつながりとして、上や下の学年の編入生と仲良くなれます。私の時には、編入生の先輩との顔合せがなく、たまたま知り合いましたが、私が4年次にあがった時には新しく入ってきた編入生とは下の学年のチューターを通して顔合せの場を設けてもらいました。上につながりができるということは、困った時などの大きな助けになると思います。私も、先輩には自主ゼミ(勉強したい範囲を自主的に集った人達で発表しながら進めていくゼミ)を開いてもらったり、どの講義がお勧めかなどのアドバイスをもらったりとお世話になりました。入学した際に、もし顔合せの場が設けられなかったとしても、チューターにいえば、上の学年の編入生との顔合せの場を設けてくれるはずです。先輩としても、自分が苦労したり、先輩に助けられた分、後輩に良いアドバイスをくれるはずなので、ぜひ積極的にお願いしてみてください。次に、横のつながりとしては、広島大学には編入生の会らしきものがあるようです。編入生の会とは、同じ学年で、学部、学科を問わず、編入生同士で集うという目的のものです。私はその存在を知らなかったため、4月の集まりがあったのに行けませんでしたが、妙なつながりから違う学科の編入生と知り合い、その後の飲み会には参加することができました。そういった編入生同士のつながりも大きな支えになるはずなので、是非参加しましょう(また、集まれるように促してみるとよいと思います)。
 基本的には同じクラスの編入生同士で一緒にいることが多いです。同じ状況下なので、お互いのことが分かりますし、助けあえることが多いからです。また、同じ所からのスタートゆえ一緒に勉強もしやすいでしょう。しかし、周囲とも仲良くなると、より数学への世界にいざなってくれると思います。私も、数学の知識が全くありませんでしたが、数学者の名前や歴史、有名な定理や未解決問題、それに関する話題などを周囲から聞きましたが、数学の世界がこんなに深いと初めて知りました。そうやって興味をそそがれながら学んでいくことは有意義であったと思います。
 サークルに入ったり、バイトをしたりすると自然につき合いが生まれると思います。編入した直後はついていけるか不安でサークルに入ることに二の足をふむかもしれませんが、無理のない程度に休息は必要であると思います。私は以前剣道部に入っていましたが、さすがに大学の剣道部に入りませんでしたけど、剣道サークルに入り週に一回程度楽しく剣道ができました。気さくな先輩たちばかりで、何かあると旅行に行ったり、海に行ったり、つれだしてくれる人達ばかりでした。また、西条は”広大生の町”と噂されるぐらい広大生か広大関係者ばかりです。だからバイトすると必然的に広大生と仲良くなれるはずです。

二年目について
 一年目はこのように充実した一年を終えることができ、宮島など名所にも足を運び、広島近辺の地理にも詳しくなりました。もうここまでくると、編入生とはいっても現役生と変わらない日常になりましたが、2年目についても述べておきたいと思います。2年目、つまり数学科4年次になるとゼミが始まります。大きく分けて、代数系、解析系、応用数理系がありますが、私は代数系で松本眞研究室に入りました。代数系といっても、暗号をやっていたので計算代数でしょうか。4年次では指導教官がより多くを指導してくれます。私の場合も、私事の相談事を含めて、数学の質問、そして大学院入試時期では自力では解けない問題ばかりでしたから入試問題についてもよく質問に行き、どれも丁寧にわかりやすく解説していただきました。また、多くの教官方や先輩方にもお世話になりました。

終わりに
 広島大学には、たった二年間在籍しただけでしたが、私にとっては多くの時間を広島大学で過ごした気がします。大学院生には院生室という冷蔵庫、電子レンジなど(最近ではパソコンもあるそうです)が完備された部屋がありますが、学部生でも24時間使用できる学習室があり、図書館では眠くなってしまう私にとっては有意義な空間でしたし、また24時間使用できるインターネットルームにいたっても、夜型の私にとっては、またまた快適な空間となっていました。また、近くには勉強のできるカフェなどもあり、試験直前などは夜中までみんなでカフェに集まったものです。とてもなつかしく思えます。みなさんがこれから良い学生生活を送られるように願っています。



原本 博史

(2001年4月 広島大学理学部数学科3年次編入         
  2005年4月 広島大学理学研究科数学専攻後期博士課程進学)

 私は2001年に松江高専から広島大学数学科に編入しました。
 プログラムを書く為には、数学の力が不可欠です。こんなことを言ってもあまり納得してもらえないと思います。僕自身、高専の先生から、良いプログラムを書くには、沢山プログラムを書け、とか良いプログラムを読め、と言われていたからです。つまり親方の仕事を見てまねて技術を習得するという、職人的方法でしか上手くなれないということです。
 そんな考えが変わったのは数学科に入って直ぐにではなく、現在行っている擬似乱数の研究を始めてからです。でたらめな数を作ることぐらい簡単じゃないの? と思われるかもしれませんが、決してそんなことはありません。シミュレーションでは1000億や1兆というオーダーで擬似乱数を使います。これだけの個数を出来る限り高速に作るには、有限代数と呼ばれる抽象的な数学を使わないとならないのです。現実で役に立つ物を作る為には数学を十分に理解しなくてはなりません。
 プログラムを書き始めてからも数学の知識は活躍します。高専のときには、効率のことを考えてプログラムを書かないといけない場面はほとんどないと思います。しかし、現実にはプログラムの方法によって、掛け算程度の計算でも1000倍くらい速さが違うなどということが生じます。ユークリッドの互除法などはプログラムの本にはよく載っていますが、それで何故上手く動くか、という説明は余りされません。正しく動く裏付けは環論という、これまた抽象的な数学を使って行われます。正しく、そして現実的な時間で動かす為には数学は必要不可欠なのです。
 他にもいろいろあるのですが、全て書ききれないくらい数学は役に立ちます。それは実装方法だけではなくて、設計思想やプログラムの流れを正しくする点にまで及びます。
 数学を勉強することは、決して物作りの勉強をしてきた皆さんにとって無駄にはなりません。実際に自分も高専のときに学んだプログラムや計算機の知識は無駄にならずに今も役に立っています。むしろ別の世界を覗いて得られる知識や広がりの方が大きいのです。
 余談ながら、高専にいた頃、情報科学に於ける数学の重要性を説明するため、数学の先生が当時有名になった擬似乱数生成法に関する新聞記事を紹介してくれました。メルセンヌ・ツイスターと呼ばれる擬似乱数の開発者が現在の指導教官でもある松本教授です。数学に興味を持つきっかけを与えてくださった先生の下で、、偶然にしろ、直接勉強できる機会に恵まれました。このような運命的な出会いは皆さんにも十分あり得ます。
 数学は決して易しい学問ではありません。だからこそ真剣に取り組むことの出来る学問です。是非一度足を踏み入れてみてほしいと思います。


Last Update: 2005.06.07
理学部数学科