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「科学」を歩く 広島大大学院理学研究科 高性能の乱数プログラム

(3月7日)  

PHOTO 「でたらめ」を追求

予測不能の事柄検証

 乱数―。それは数のでたらめな羅列だ。広辞苑は「完全に無秩序で、かつ全体としては出現の頻度が等しい」とする。だが、その「無秩序」が難しい。人間がいくらでたらめに数字を並べても、そこには必ず規則性や偏りが生じるからだ。
 だからこそ完全な乱数を生むのは難しく、発生プログラムの開発は注目を浴びる研究分野。そこで世界的に有名なのが、広島大大学院理学研究科数学専攻の松本眞教授(42)だ。

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  では、これを何に使うのだろう。「乱数はいわば、すごろくのさいころの役目」と松本教授は明快だ。生物や化学、経済などさまざまな分野で、次に何が起きる か予測できない事柄をシミュレーションするときこそ、乱数の出番だ。億や兆単位の数の乱数を使い、起こり得るケースを検証するのだ。
 例えば株価予測。特別な要因がない限り、株価はランダムに上下動を繰り返す。一年後にどれくらい値上がりするか、半値になる確率はどれほどか―。乱数を使った分析で、ある程度の「未来」が見えてくる。
 先端科学の研究分野でも有用だ。アミノ酸の塩基配列の変異部位を模倣したり、素粒子実験で粒子がどの方向に飛び出すかを予測したり。証券会社やメーカー、研究機関と、開発プログラムを求めるユーザーは引きも切らない。
 そんな乱数の世界で、松本教授らが一九九六年に共同開発し、以後改良を加え続けているのが、メルセンヌ・ツイスター(MT)と呼ばれる疑似乱数発生プログラム。施された特殊な演算により、プログラムは極めて高速かつ精密に、でたらめな数字を吐き出し続ける。
 しかもその数は半端ではない。出し得る個数は、なんと六千けたを超えるのだ。億が九けた、兆が十三けたである。宇宙を構成する素粒子の総数でさえ百けたにも及ばないというのだから、もはや天文学的数字すらはるかに超える。
 なんだか気の遠くなるような乱数ワールド。ただ、松本教授がその世界に分け入り始めたのは、実は中学生の時なのだ。「普通1+1は2だけど、数学の世界ではルールを決めることで、それが0や2になる。そんな自由さが楽しかった」

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 紙と鉛筆だけで、どんどん広がりを増す数学の世界。独学でいろんな本を読むうちに、少年はいつしかメルセンヌ素数と出会う。そして八六年、東京大四年になった松本教授は、本格的に乱数研究に取り組み始めていく。
  偏りが大きかった当時のプログラム。何億回も繰り返すシミュレーションで、その都度計算結果が違ってしまっていた。そこで注目したのが、あのメルセンヌ素 数だ。二進法で表記しやすいという特徴から、0と1で表現されるコンピューターの世界に非常に近い、と直感。改良に改良を重ね、現在のプログラムに行き着 いた。
 研究は日本学術振興会の先端研究拠点事業に指定され、昨年末には日本学術振興会賞を受賞した。九九年、松本教授は、特定分野で世界トップ に位置する日本人研究者に与えられる、日本IBM科学賞も受賞。かつて心を揺さぶったメルセンヌ素数は、数学に魅せられた少年を世界の頂きに導いた。
 学問の世界は生態系に似ているという。「人知を超えた予期しないところでつながっていく。これが興味深い」。半面、新しい発見は先人の知恵の積み重ねの上に成り立つ、とも。日進月歩のプログラム開発の世界。今後も、最先端の座を譲るつもりはない。(里田明美)

≪クリック≫ メルセンヌ素数

 2をn乗したものから1を引いた数が素数となるもの。現在39番目までは確定している。

「『科学』を歩く」は今回で終わります

【写真説明】「面白いと思った分野をつまみ食いしながら、でたらめに研究していたら予期しないものが解けた」と語る松本教授(東広島市の広島大) ※松本眞





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