数学科で生命科学?(最近の粟津周辺の研究の紹介も含めつつ)
こんなもの書きました(理学研究科・理学部通信 2016, 4月号)

広島大学の数学科には、数学科なのに粟津のように生き物の仕組みの研究をしている人がいたりします。これはなかなか他の大学では見られないユニークな面であります。しかし、数学と生命科学、、、どう繋がっているのでしょう。。。

実は近年、生命科学における数理科学的手法の導入が世界的に行われるようになり、それによって様々な知見、概念の発見や検証が進められています。そのおかげで粟津自身も様々なプロジェクトを進めさせて頂いてます。このような数理的手法を用いた生命科学分野は、バイオインフォマティックス、(理論)システム生物学、(理論)生物物理学、数理生物学、等と呼ばれています。では実際、数理科学は生命科学にどのような貢献ができるのでしょうか?例えばこれまで以下のような事がなされています。(個々の詳しい内容は、少しずつ書き足し(書き直し)ていきます。)


統計学に基づくデータ解析 ... 実験事実を客観的に捉え、定量的に評価する(何が起きているのか?を知る。)

システムの ”言動” のデータからあらゆる統計的解析手段を使って ”システムの心理” を測る「心理テスト」とでも言う事をしています。 ビックデータという言葉を最近良く聞くのではと思います。近年の技術進歩による通信・観測機器の精密化・小型化、情報処理機器の大容量化・高速化、それとアルゴリズム(数学)の発展によって、膨大なデータの取得とその解析が可能となり、莫大なサンプルから法則を見つけ出そう、という事が可能になってきています。生命科学においてもそのような解析から様々な知見が得られる事が期待されています(実際に成果も出ています。)。

しかしその一方で、生命科学分野では、起こりうる事象や観測している変数に比べ、サンプル数が十分に多くない(むしろ少ない)というケースも多々あります。しかしそのような場合にも、ただサンプルが集まるまであきらめて待つという訳でなく、いろいろな数学(統計学や機械学習だけでなく)を駆使して、少ないデータからでも得られる客観的に意義のある特徴の抽出や、物事の分類が試みがなされています。それには現象を様々な角度から見る目と、新しい数学の使い方を考える試行が必要になります。

最近粟津自身は、クラスター解析と分散分析(を少し変えたもの)を用いて、広島大学医学部のグループとブルガダ症候群という心臓病患者の心電図データの解析を行い、健常者と罹患者の間の心電図の特徴の違いを見出しました。また、植物の遺伝子発現(mRNA合成量)データの解析から、遺伝子発現の個体毎のばらつき(つまり個性)がある事と、何らかの環境変動によって起こる遺伝子発現量の変動(環境変化に対する応答)の間に、正の相関がある事等を見出しました。また現在、酵母やウニの生長に伴う染色体の様子の変化や、広島大学原爆医療研究所のグループと共に、放射線による細胞核内の染色体損傷データの解析等も進めています。使える統計解析(多変量解析、機械学習)の手法は何でも使います。


様々な形態(分子や様々な構造物)の(幾何学的)定量的特徴付けと分類、変分原理・逆問題による推定

2014年ノーベル化学賞は、超解像顕微鏡技術開発者に与えられました。超解像顕微鏡の生命科学におけるインパクトは凄まじいものであります。実際に細胞内や細胞核内の分子の位置等を捉え、どの分子とどの分子が相互作用しているのか?ということを視覚化できる、つまり見えなかったミクロなものや現象が可視化ようになってきているのです。ところで我々の目に見える光の波長は〜400nm(〜10^-7 m)です。それに対して細胞内のタンパク質のおおよその半径は数nm程度ですので、普通に考えれば光で個々のタンパク質を見分けて位置を特定するのは、不可能です。ではなぜ「可視化」出来ているのでしょう?またそのような小さなタンパク質がどのような形をしているのか、というこも近年研究が進められ、これまでに10万種類以上のタンパク質の構造が同定され、誰でも見る事が出来るデータベース(PDB: Protein Data Bank)に掲載されています。しかし「目で見えないものの形」がなぜ「同定」できるのでしょうか?

そこには「数学」がふんだんに利用されています。実はここでされている「可視化」や「同定」は、直接目に飛び込んできた光を捉えて見ている訳ではありません。例えばタンパク質の構造は、タンパク質の結晶を作成し、そこにX線を当ててX線の反射で出来る干渉縞の形から、結晶の中の構造を推定していたりしています。また超解像顕微鏡では、例えば様々な偏光板を用いて物体からくる屈折した光を観察し、それを様々な偏光板で行い、それを組み合わせる事で、本来の像を推定しています。この本来の像の推定は、数学でいうところの逆問題や境界値問題、最適化問題に対応するものになっています。そしてその解法として、フーリエ解析、ベクトル・テンソル解析、変分法、群論といった数学が活躍しています。

粟津自身はこれまでにこのような観測技術開発に関わったことはありませんが、今一つ取りかかろうとしている事があります。これがうまく行けば、現在の超解像顕微鏡でも捉える事が困難でありそうな細胞内の現象を、「視覚化」できる可能性を秘めています。ただ内容はまだ内緒です(うまく行きましたらドドーンと発表します。)。ただ言える事は、これに関しても実験と数理科学を融合が必須であるという事です。


微分方程式や確率過程を用いたモデルの構築 ... 普遍的な自然(物理・化学)法則、論理に則りシステムの本質を抽出する(何が原因なのか?を知る。)

物体に働く力が分かれば、その(少なくとも我々の目で見る事の出来る物体の)運動規則はニュートンの運動方程式の解によって正確に記述できます。(原子・分子・素粒子の世界では量子力学、強い重力下では相対性理論から物体の運動が正確に記述できます。)ですので、それを利用して細胞内でその活動を支えている様々なタンパク質やDNA等の運動を、実際にニュートンの運動方程式を用いてモデル化し、(コンピュータで)シミュレーションする事が出来ます。しかし膨大な数の原子一つ一つに対してニュートンの運動方程式を解くのは大変です。また解いたとしてもその膨大な次元の解が、何を表しているのかを理解するのも、決して簡単な事ではありません。そこで全てを記述し解くのではなく、注目する対象の重要なエッセンスとなる物理・化学過程のみを組み合わせて、近似的に分子や細胞の運動を記述する、という試みがなされています。(ここで言う「近似」というのは決してネガティブな意味ではなく、減少の本質を重要なエッセンスだけで表現する、という事を意味する、積極的なポジティブな事です。)

タンパク質やDNAの運動に関するそのような記述は「粗視化モデル」と呼ばれ、多くの場合確率微分方程式を用いて記述されます。これまでにそのようなモデルの構築から、多くの生体分子の細胞内での機能に関するヒントが得られています。また細胞や体の中では、そのような分子が多数存在しています。そこでそのような分子一つ一つの動きを記述するのではなく、そのような分子の個数に着目し、それらの分子同士が出会い反応する事で、各分子がそのように増減するのか?とうことに着目し、記述した、化学反応ネットワークモデル、反応拡散モデル、と呼ばれる連立常微分方程式系、偏微分方程式系、ブール代数に基づく離散力学系(セルオートマトン等)等も利用されます。

粟津自身はこの「モデルを作る」というのが好きで、これまでいろんな(物理、化学、生物)現象を理解するためのモデルを作ってきました。最近では、細胞内で多数の化学成分がどのように反応し合って細胞状態が変化していくのか?細胞膜上にいるタンパク質は、膜上で混み合いながらどのように働いているのか?細胞核内で染色体がどのように構造化するのか?DNAから遺伝情報を読み出すのに、DNA自身はどのような働きをしているのか?といった事についてモデルを作って研究してきました(います。)。このような「モデルを構築する」という事には、「現象をしっかり捉える目」「どのような数学を用いれば表現・記述できるのか?」に気づける「表現・言語としての数学」の知識とセンスが重要となります。粟津もまだまだ修行中です。


モデル自身の解析・シミュレーション ... 様々な数学的手法を用いてモデルの数理構造を明らかにし、メカニズム、ロバスト性を評価(なぜ起こるのか?を知る。)

物事の仕組みを知るためには、モデルを作るだけでなく、それを解析して解構造を探る事が重要です。数学を用いて表現したモデルですが、これは解析的に解ける場合もありますが、必ずしも全て解析的な解を求められる訳ではありません(というより解析的に求まる方が稀です。)。そこで解の様相やその分類、数学的構造を定性的に、近似的に探り、明らかにしていきます。そのために力学系や確率過程といった解析学ベースの方法やネットワーク構造等解析等のグラフ理論や幾何学的な知見をベースとした方法、それと計算機を用いた直接シミュレーション等が有効な手段となってきます。

ここで重要な事は解の様相を知るために、使える数学は何でも使うということです。これはモデルを作成する際に、現象を数学という言語を用いて表現する場合も一緒です。数学科での研究というと、数学のある分野を深める、という印象を持つかもしれません。ですが物事の仕組みを知る、という目的のためには、いろんな数学のいろんな側面、価値を知り、必要とあれば新たな数学的表現をひねり出して適材適所で使用していく必要があります。そしてそれは数学自身の発展に繋がるものになります。


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このように数理科学的な手法は、従来の生命科学的手法のみでは解明が困難だった現象の解明や、従来生命科学者があまり重視してこなかった事柄の裡にある、本当は重要だった事柄の発見に貢献してきています。また数理科学者と生命科学者という異なる視点を持つ研究者間の議論から、新たな概念や実験手法、実験の指針が生まれてもいます。ここで重要な事は、このような研究によってもたらされた恩恵は、生命科学だけでなく数学(数理科学)自身にももたらされているという事実です(古くはチューリングから始まる非線形偏微分方程式、フォンノイマンのセルオートマトンから始まる離散力学系、最近では確率過程の分野にも)。歴史的に数学は物理学と共進化的に進歩してきた経緯があります。生命現象は当然物理過程をベースに実現しているものですが、これまでの物理学ではなかなか理解が難しい事が多数存在しています。そこで物理学自身を更に進歩させていかなくては行けません。そのためにはあらゆる数学の価値を知ってそれを使っていく必要があり、場合によっては数学をもっと進歩、もしくは新たな数学を誕生させていかなくてはけません。つまり生命科学は新たな数学の進歩、誕生を促すエンジンであり、数理科学をもって生命科学に挑むというのは、数学の価値を知り利用することで生命科学に貢献すると同時に、数学を生み出す役も必然的に担う事になるのです。


とまあ、いろいろ書きましたが、とりあえず深く考えずにこの世界に飛び込んできても、きっと楽しいですよ。(興味がありましたらいつでもご連絡くださいまし。)



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