自分の研究についての適当な話 (自己紹介の意味も込めて) ...
(これまでに書いたもの)

(思いついたので ... テーマ ... 可能性の科学 <-> 普遍性の物理 2011/4/1
 Abstract Reologey to Possible Information Processings (Possible fuctions),
 Abstract Chemistry to Logical Biology. 2010/1/26.
 定常・平衡系の変分原理(熱力学第2法則)と成長・発展する系の変分原理(ダーウィン進化)をつなぐ. 2009/12/27)

最近している事:『分子内ー分子間社会学』(2010/1/26)
特に,
1)(細胞内, もしくは前生命, 原始生命的な状況をイメージした) 化学反応ネットワーク系の動力学-統計力学と機能性について,
2)タンパク質(分子機械)の内部や, 脂質ータンパク質混合系で構成される, 力学ネットワーク系のダイナミックスと機能性について.

 形 ー 柔らかさ ー ミクロ性(少ない、小さい)ゆえの揺らぎ vs 機能性 ー 情報処理 (人工機械 vs 自然機械)
 変化自身をを変化させる(例: 自らの脳に従って自らの脳をいじる)ような過程も考えてみたい.

あと周辺と協同で、砂丘の形作り, 蟻個体とコロニー全体の運動, 粉や車や生物の渋滞やパターン形成, 野球の打線, 神経系, 川の蛇行, 等の手伝いもしてます.


「適当な話」(2007/12/3):
よく「専門は何ですか?」と私を困らせる人がいます。せいぜい「非線形系」と か「大自由度系」(君のは大自由度か?とも言われますが)とかしか出ません。な ので、何かいろいろ考えたつもりだったけど実は何もしてなかったのか?と不安 になったりもします。ただある作家に「(君の専門は)玩具統計力学だろう」 と普通の顔でいわれた事はあり、これはうまいと思いました。漠然と思う事は、 「何か」が(多数)集まったときに、その内在する(非線形な)関係性によって 起こされるあらゆる物事(現象)に対し、「なぜそうなるのか?(「仕掛け」)」と 「どれほどの事(状態、関係性)が起こる、できるのか?どれほどまでに多様で 変わり得るのか?(「可能性」)」を知りたい、ということです。起こりうる全 てに対する、あり得る全てのシナリオを知りたい。既知の物事の足し算であるな らその足し算を知りたいし、未知の物事であるなら明らかにしたい。

「何か」は何でもよいです。原子、分子であればそれはいわゆる(平衡、非平衡) 熱力学−統計力学、レオロジーの対象として扱われる現象になりますし、酵素や細 胞等も含まれれば、生命科学的対象として扱われる事、生物個体や人、車、情報な どとすれば、生態学、社会学、経済学、歴史学の対象となります。手にとれるもの である必要もなく、何かを抽象化した玩具(振動子、オートマトン)でもいいです。 本来「何か」を繋ぐべきものと思われる「関係」や、その時のことを表す「状態」 なんかでもいい。こう見てみると、「〜的対象」という言葉にあまり意味がないよ にも見えてきます。(多くの人が気づいてると思いますが。)

いい言葉は思いつきませんが、何はともあれ「仕掛け」や「(発展)可能性」に関 して、「何か」にあまりとらわれない「普遍性」と、「何か」であることが重要と なる「個別性(関係性)」、その「普遍性」や「個別性」のなかにある「普遍性」 と「個別性」、さらにその、、、等と回っています。解きほぐす度に新たな絡まり が出てくるのかもしれませんが。

最近は主に、いわゆる生化学、生命科学的対象とされるような物事を横目にながら、 大自由度非線形動力学系の実現しうるあらゆるストーリーを、如何に引っ張り出そ うか等と考えています。今現在は分子や細胞、反応関係の「形」「動き(変化、揺 らぎ)」などによる、「記憶」や「機能性」の「発展(進化)」といった事柄に視点 を集中させてます。育ちのせいで、常に「力学系」や「統計力学」 「レオロジー(抽象的な)」という考え方がつ きまといがちではありますが。生き物を横目でみる訳は、自然に存在する中で最も複 雑なシステムの典型であると、個人的に思っているからです。ただ「今いる生物」だ けでなく「あり得る全ての”生命 ”」を意識しています。”大自由度非線形動力学系 の起こしうる物事のある部分集合としての生命 ”、という形でとらえられたらな、 等と思ったりしてます。

当然、大自由度系全てのクラスについて一気に、というのはそうあり得ないと思う ので(人それぞれ見方は違うと思います。場合にもよります。ただジェネラルナン センスなのもよく見ます。個人的には(系、自然に対し)もっと謙虚であるべきだ と思います。)、できるだけ汎用性と可能性のある玩具をつくって、「何か」や 「関係」の起こしうる事を、「作る事で探す」という感じで一進一退しています。 ちょっとニュアンスは違うかもしれませんが、多くの理論研究が「ネタ」の中の 「タネ」を探るという感じなのに対し、「タネ」を仕込んでから「ネタ」の可能性 を考える、という感じでしょうか。もしくは、自分である「世界」を作り、その 「世界」を調べ尽くしつつ、「現実世界(自然)」を見、考え直す、といった所で しょうか。現在は玩具の部品として、主に力学系モデル、確率モデル等の骨組みを 利用しています。自然で起こりえる物事は、たかだか人間が想像し得る程度の物事 で、そう簡単に埋め尽くせるものではないと思ってます。「作る」は「探す」であ ると考えてます。当然作り方にはこだわるのです。

まじめに書いたつもりですが、決してまじめなものとは読めなかったと思います。 適当に受け流して下さい。