日本学術振興会 先端研究拠点事業(平成18年4月−)

数論幾何・モチーフ理論・ガロア理論の新展開と、その社会的実用

本事業の目的

理念

数学には、
  1. 純粋に理論的な興味から研究される、この上なく美しい学問
  2. 比類なく強力な実用上の道具
の二つの面があります。

ニュートンが、万有引力の法則、力学の法則、微積分学を記述した「プリンキピア」(1687年) の序文には次のように書かれています。「この本に明らかにされた これらの法則から、次のことがわかる。 もし、ものを高速に打ち出せば、ものの着地点はどんどん遠くなる。 そして、ある一定の速度を超えて射出すれば、そのものは着地することなく、 地球の周りを楕円軌道にのって周回することになる。また、さらに一定の速度を超えれば、 地球からどんどん遠ざかって、 永久にもどってこない軌道を動かさせることもできる。」

ニュートンは、「惑星がなぜ不可思議な運行をするのか」という問いに対する 明確な答として、「力学の法則と万有引力の法則が成り立てば、 惑星の楕円軌道もハレー彗星の運行も潮の満ち引きも 木星の衛星の運行も全て説明できる」ことを証明しました。 その証明は、純粋数学(幾何学を用いて微分方程式を解くこと)によりなされています。

これは数学の強力さを示す良く知られた実例の一つですが、序文に 人工衛星の原理が記述されているという事実は、あまり参照されていません。

まだやっと地動説が認められた時代に、ニュートンは明示的に 「ものを高速に打ち出せば人工衛星になり、さらに高速に 打ち出せば永久に遠くに飛んでいくものになる」ということを 証明して述べているのです。

この後半のような事実は、ニュートンの時代には決して 実験でも観測でも確かめようのないこと です。なぜならば、人類は、地球からどんどん遠ざかっていって しまうような天体を観測することができないからです。

ニュートンの時代においては、ニュートンのこの言明は 無意味なことであったでしょう。実際、ニュートンの この言明を人類が役立てることができたのは、20世紀に 入って人工衛星を打ち上げるようになってからのことです。 しかし、人工衛星は現在、車のナビゲーションシステムや 携帯電話にまで利用され、人類の生活を支えています。

このように、数学が比類なく強力なのは 実験でも観測でも確かめようのないこと であっても 証明できる という点にあります。

そして、もう少し突っ込んでいうならば、数学を用いて 現実には見ることのできない、想像もつかない世界を探求する ことができます。

学校で「1+1=0」と子供が書いたら、先生はなんと思うでしょう。 間違いを正さないとならない、と思って再教育でしょうか。

しかし、ガロア(1811-1832)は、「1+1=0」という仮定を おいたらどのような数学が広がるか、を探求しました (ガロアはもっと一般の有限体の場合も考えましたし、いわゆる 「ガロア理論」というのは、また別の話ですが)。

ガロアが展開した有限体の理論は、百数十年を経て、世界中で 実用されるようになりました。デジタル計算機においては数は 1と0に還元されます。そこにおいて、雑音のある通信路を経由して 情報を正確に伝えたり(符号理論)、通信を傍受する第三者に対して 秘匿したり(暗号理論)、コンピュータシミュレーションで デタラメさの模倣をする(乱数生成)際に、1+1=0の数学が極めて有効に 働いたためです。

「1+1=0」の世界は(表面的には)現実には見られません。 それが初めて研究されたガロアの時代には、「実用のない、無意味な空想」 の世界であったでしょう。しかし、現在の符号・暗号にはガロア体が必ず使われています。 あなたの持っている(かも知れない)CDプレーヤにも、携帯電話にも 「1+1=0」の数学が実用されています。

そして、フェルマー予想(350年間未解決で、1995年に世界中の先端的数学の粋を集めてワイルズ により解決)の証明においても、有限体をはじめとするさまざまな(表面的な)現実には 見られない世界の数たちであるp進数体やガロア群が大きな役割を果たします。 これらの数学の発展により、20世紀に入って多くの高度な未解決問題が解決されました。

以上から、次のことがわかります。

  1. 数学は、通常現実には見られない世界を探求することができる。
  2. 探求された成果の中には、現実世界に(予期できなかった)実用のされ方を するものがある。このような成果は、他のもので代替が効かない。
  3. 数学は、古来から現代にいたるまで、極めて有機的にかつ非常に強力に発展してきている。
  4. 数学は、数学自身を動機として発展することもあれば(ガロア)、他分野からの  要請を動機として発展することもある(ニュートン)。
これを踏まえて、本事業の目的は の3点となっています。

方法

上でのべた理念は、数学のみにとどまらない多くの分野に またがるもので、時間的にも何十年経ってからでないと見えて こないものです。

平成18年度からの2年間という限られた時間と予算の中で、 次のように具体的計画を絞りました。

これらを通して本事業が狙うものは です。実用に興味がある純粋数学者や、数学に興味のある応用研究者が、 その壁を超えて双方での専門家となったとき、本事業の具体的成果は 生まれてくると思われます。

なお、みんながみんな学際的になるのではなく、純粋一本槍の人、 実用一本槍の人がいて、それぞれの分野を深めておいてはじめて、そこに 交流が生まれたときに成果が生まれるのだと思われます。 その意味でも本事業は、純粋数学そのものの発展にも大きな重みをおいています。

純粋数学の中でも、本事業は特に、数論幾何を中心に研究交流を行います。 数論幾何は「代数・数論において、幾何学の手法を用いる」分野であり、 20世紀後半においてWeil予想の解決や志村谷山予想、Fermat予想の解決などの 大きな成果を上げています。21世紀においても、モチーフ理論や圏論的数論幾何 の発展が進み、位相幾何におけるホモトピー理論の援用も得て、一層大きな 成果が見込まれます。本事業タイトルの「数論幾何・モチーフ理論・ガロア理論」 は、この分野を指しています。 実用面から見ても、この分野から大きな成果が上がっています。 代数曲線の有理点を用いた符号列はGilbert-Varshamov限界を 超えた初めての符号列ですし、現在最も信頼性の高い公開鍵暗号は 有限体上の楕円曲線の有理点がなす群を用いたものです。RSA暗号を脅かす 最速の素因数分解アルゴリズムは代数体の拡大に基づく数体ふるい法ですし、 周期2の19937乗-1の擬似乱数発生法Mersenne Twisterは、有限体係数形式 冪級数体の格子の幾何により最適化されています。

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